朝日新聞の朝刊に面白い特集記事があった:
≪(我々はどこから来て、どこへ向かうのか:5)AIでヒトは進化するか 2017年1月6日
■vol.5 頭脳
地球46億年の歴史上に現れた生物で最高の頭脳を持つ人類。いま、その知能を劇的に高める研究が進む。人類にとって朗報なのか。(笹井継夫)
人間の脳の働きを人工知能(AI)技術が肩代わりする。そんな変化は身近になった。 例えば、昨年11月。米グーグル社の翻訳サービスの精度が向上したとインターネットで話題になった。
The world has so many beautiful and amazing places tovisit.
サイトに打ち込むと瞬時に日本語が出てくる。「世界には美しくてすばらしい場所がたくさんあります」。以前の訳はこうだった。「世界が訪問するので、多くの美しく、素晴らしい場所があります」
グーグル社の賀沢秀人マネジャーによると、人間の脳をまねた最新のAI技術、ディープラーニング(深層学習)が使われた。同時通訳者の関谷英里子さんは「TOEICで300点から700点以上に上がったイメージ」と驚く。~≫
記事の本論は、人工知能がヒトの脳の働きを代替したり、それと連携したりして、最終的には脳の機能全体を承継してVR(仮想現実)に生き続けたりする可能性への注意喚起であるが、ここでは地道に、導入部で提示されたグーグル翻訳の進歩を取り上げる。
翻訳例を再掲すると:
≪ The world has somany beautiful and amazing places to visit.
→ 世界には美しくてすばらしい場所がたくさんあります。≫ である。確かに訳文はこなれた日本語であり、違和感はない。従前の翻訳文≪世界が訪問するので、多くの美しく、素晴らしい場所があります≫を見せられるとその進歩に大いに感心する。
記者は、これをAI技術の進歩を示す事例として提示したのだが、当方には、それほど高尚な事象とは思えない。出力される日本文を違和感のない、こなれたものに仕上げるプログラムを組み込んだに過ぎないように思われるのだ。
そのためには、原文のうち訳しにくい部分を割愛するようになっているのではないか。上例では、≪to visit 訪問する≫がそれに当たる。“進歩”前は馬鹿正直に≪to visit≫を取り込んだまま≪訪問するので≫と訳したので不自然な日本語になったが、“進歩”後はその部分を切り捨てて見栄えよくしているのだ。
ちなみに、訳出日本文を英文に訳し戻させると、Thereare many beautiful and wonderful places in the world. となり、to visit は消えている。
別の英文を訳させてみた:
≪He hopes his work canassist underdeveloped communities around the globe and stop violence at itssource. → 彼は、世界中の未開発のコミュニティを支援し、暴力を止めることができるよう希望しています。≫
切り捨てられたのは、≪his work≫と≪at its source≫である。有っても無くても大意に変わりは無いとも言えるが、これを以って進歩と称するのには抵抗がある。
数十年前、翻訳業務に携わっていた頃、要領の良い仲間は、理解できない部分があると、意訳を装ってぼかす技法を駆使していた。それで用が足りる場合もあるだろうが、肝腎な要素が抜け落ちる危険性がある。アウトプットの化粧上手よりは、ぎこちなくとも正確・厳密な翻訳の方が大切だろう。
明1月7日は(ウィキペディア):
1954年 - IBMとジョージタウン大学が世界初の機械翻訳の実験(ジョージタウンIBM実験(英語版))