雑誌『音楽界』誌上で“国際的評価を得ている日本人ソプラノ”として持ち上げられている高折寿美子が、1914(大正3)年の同誌に≪声楽の栞≫などのタイトルで連載を受け持っている。系統だった内容ではなく、次のような項目が並ぶ:
唱歌者の資格
発声機関
呼吸法
私は歌劇唱歌者になられませうか
強健法としての唱歌の教課
父兄への注意事項
声楽修養の為に欧州に留学する必要がありませうか
合唱唱歌
舞台上の怖気
教師の選択、、、、
唱歌者は singer つまり歌手の意味で、プロのクラシック歌手のことである。発声機関は肺、喉、口などを指しており、現代では“機関”ではなく“器官”の文字を使う所だ。
声楽について、百年前の一流歌手がどのような認識を持っていたかが窺われて面白い。初っ端の「唱歌者の資格」は、彼女の師、ジェラルディン・ファラ嬢の入門者に対する教訓の受け売りであると断って、次のように述べている:
唱歌者の資格は三つの側面から説明される:
生理上の資格・・・生まれつき、好い声と好い耳を持っていなければならない。
強健なる体力、忍耐、克己の精神、舞台に立っておぢけない落ち
着きが必要。
美貌は強力な武器である。
智力上の資格・・・音楽全般に幅広い智識が必要。歌の意味を美しく翻訳する想像
力。
一般智識として、国語、外国語、文学、絵画、演劇など、高尚な
常識。
気質上の資格・・・個人的磁力、即ち、人を引きつける不思議の魔力。
チャーム、即ち、人を酔しむる色香
熱情、即ち、美しい深い感情、温かい心、直覚的の霊魂。
これらも其の人の生まれつきであって、殆ど他より与へることはで
きない。