このところ集中的に≪無限≫、≪無限小≫、≪無限大≫をテーマにした通俗書を読んでいる。内容的には、オーソドックスな数学的手法の解説であり、それらの歴史的展開の物語である。中に、些か腑に落ちないお話も見受けられる。
例えば、金重明/著「13歳の娘に語るアルキメデスの無限小」(岩波書店 2014.3)に“有名な”無限のキャンディの話が記されている。当方は寡聞にして知らなかったのだが、手間を省くために他サイトから同一内容の記述をコピペする:
≪アリスが遊んでいると、手品師がやってきた。手品師は、1から10まで番号のついたキャンディーを出した。アリスが、1番のキャンディーを食べると、手品師は今度は、11番から20番までのキャンディーを出した。アリスが、2番のキャンディーを食べると、手品師は21番から30番までのキャンディーを出す。こうやって、アリスはキャンディーを1個ずつ食べていき、手品師はそのたびごとに10個のキャンディーを出す。さて、問題です。二人がこれを無限に続けると、キャンディーはいくつ残ることになるでしょう?(212頁)≫(http://d.hatena.ne.jp/gordias/20070828/1188227033)
これ、かの“有名な”Alice's Adventures inWonderland に載っているのだろうか(当方未読)。
正解は≪1個も残らない≫のだそうだ。その理屈は、≪アリスが無限に食べ続けるから≫であると読めるのだが、それで良いのだろうか。数学の世界から急に言葉遊びの世界にワープしているように感じる。
真面目に考えると、手品師が10個のキャンディを出して、アリスが1個食べるというサイクル毎に9個のキャンディが残るのだから、nサイクルで9n個残る計算だ。これを無限に続けると、9nは無限大に発散する。≪1個も残らない≫と言うのは詭弁ではないか。
尤も、≪無限に続ける≫のであれば永遠に終わらないのであるから、≪いくつ残るか≫という設問がそもそも無意味であるとも言える。要するに何とでも答えられる“引っ掛け問題”の類いではないか。だが、数学界では≪1個も残らない≫のが正解とされているとすると、当方も脳手術が必要だな。
別の理解の仕方があるかも知れない。≪無限大(の数)≫同士の加減乗除は有限(の数)と同じように形式的に処理してはいけないという戒めとして。つまり、n→∞のとき、10n-n=9n→∞と短絡するべからず?
この不思議なお話を教えてくれた「13歳の娘に語るアルキメデスの無限小」について一言:数学的な結論に興味はあるが、会話フィクションを趣味としない読者には冗長過ぎる。偶然、併行して読んでいるアミーア・アレクサンダーAlexander,Amir/[著]「無限小世界を変えた数学の危険思想」(岩波書店 2015.8 原著: New York : Farrar, Straus and Giroux,2014 (An excerpt from Infinitesimal originally appeared in slightly differentform in Scientific American.))と同じ内容の記述があるので驚いた。