旧臘の投稿でも触れたが(2015/12/5(土))、“万次郎は、フォーティナイナーにはなったが、「愛しのクレメンタイン Oh My Darling Clementine」を聞く前に西部を離れたのだろうか”の疑問は、とうとう6年目の半ばを迎えた。
改めて≪Clementine≫の歌についてお浚いをしたところ、万次郎の、と言うか Gold Rush の頃には、この歌は未だ生まれていなかったらしいことが判った。
すなわち、NIH、National Instituteof Environmental Health Sciences 、USA Government(アメリカ合衆国保健福祉省・保健庁(国立衛生研究所とも))のサイトで次のように記述されている:
History of the song “Clementine”
Although the author and copyright status for Clementineare "unknown," the words and music to the original version of thesong are usually attributed to Percy Montross, circa 1880. According to a notein the UK Ballad Newsgroup, Montross based his composition on Down by the RiverLiv'd a Maiden by H. S. Thompson (1863). Clementine has since become a popularsong with countless different verses for children, Scouts, etc.
「クレメンタイン」の歌の由来
P.モントロスの1880年頃の作詞・作曲と言われるが、詳細不明。H.S.サンプソン1863年作の「川べりに乙女住めり」が元歌か。以来、童謡、スカウト・ソングなどとして様々の歌詞で歌われる。
また、ウィキペディアには次のような説が紹介されている:
Gerald Brenan attributes the melody tooriginally being an old Spanishballad in his book South from Granada. It was made popular by Mexican miners during the GoldRush. The melody was best known from Romance del Conde Olinos o Niño, asad love story very popular in Spanish-speaking cultures. It was also givenvarious English texts. No particular source is citedto verify that the song he used to hear in the 1920s in a remote Spanish village was not an old text withnew music, but Brenan states in his preface that allfacts mentioned in the book have been checked reasonably well.
G.ブレナンは、そのメロディーが彼の著書≪南国グラナダから≫にある古いスペイン民謡から来ており、ゴールド・ラッシュ時代にメキシコ人鉱夫によって広められたとする。スペイン語圏で流布している悲恋物語≪オリーノス(又はニーニョ)伯爵の恋≫のメロディーが一番分りやすい。彼は、1920年代にスペインの僻村でよく聞いたその歌が、旧詞新曲ではない(この部分意味不明)という根拠を示していないが、著書の内容は十分に検証していると序文で述べている。
という訳で、万次郎が聞いたとしても、その可能性の有るのは≪Clementine≫ではなく、そのメロディーの基となったスペイン民謡でしかないと考えられる。もっとも似ているとされる
≪Romancedel Conde Olinos (o Niño)≫を試聴したが、予備知識が無ければ、それとは認識できないだろう。
(画像は他サイトから拝借)