近年都バスの運行が時刻表に忠実になって来て喜んでいるのだが、道路の混み具合などで乱れるのは止むを得ない。今日、その止むを得ないケースなのか、交通局の都合なのか、理由は判然としないが、見掛け上は典型的な間引き運転で、某停留所で随分待たされた。
満員のバスに乗り込んで暫く経ち、漸く車内が少し空いてきたところで、何か騒ぎが起きた(ように見えた)。一人のお爺さんが車内で何かを無くして困っているらしいことが判った。新任運転手の指導だろうか、別の運転手が偶々同乗していて、彼が御爺さんにいろいろ助言しているのだが、失せ物はなかなか見つからず、その間にもバスは当然ながら走り続けるので、お爺さんは目的の停留所を過ぎても降りられなかった。
大事なものを車内で落としたとすれば、捜すにも車内が混んで居てはそれも出来ないから、暫く待っていたのかも知れない。周囲の親切な乗り合わせ客もヒントを授けていた。状況から判断するに、都営交通のいわゆる“シルバーパス”のような物を見失ったようだった。
運転手はさすがにこの種の経験が豊富なようで、的確なアドヴァイスをしているようだった。複数の人の援助の結果、捜し物は、経験則通り、本来あるべきところ(本人の鞄の中)に無事見つかり、お爺さんも安心して降車することができた。
大抵の人は生涯においてこの種の経験をすると思うが、特に老化を強く自覚する当管理人には、身につまされる光景であった。
関連して思い出すことがある。電車やバスの切符は、適正に購入して乗車してもそれで用済み処分は許されず、降車時まで所持することが要求される(と思う)。ポケットや鞄に無造作に仕舞い込むと後で見つからず焦ることは珍しくない。運悪く再発見できなければ、運賃を二重払いさせられる。
このような乗車券所持ルールは、恐らく乗客性悪説によるのだろう。乗客に過酷な立証義務を負わせ、企業側は間違っても損することの無いよう(あわよくば運賃二重取り出来るよう)に設計されているのだ。
尤も、近頃はICカードが乗車券の機能を持つようだから、これを使うならば、カードを紛失しない限り“無い無い、有った”の騒ぎは起きないだろう(か?)。ICカードは嫌いなのだが、強情張らず、割高な現金運賃を払うのはやめようかな。