「国民歌謡 名曲集 1」(1941 日本楽譜出版社)所収31曲中30番目に次の歌がある:
野行き山行き 九條武子/瀬戸口藤吉
一 ニ
野行き山行きゆきくれて 久遠のちかひみちびきの
たどきもしらずさまよへる 光のまへにめざめては
旅びとあはれいづくまで めぐみにすゝむ無碍のみち
まよへるおのがまなこもて なやみのかげはあともなく
まよへるおのがあゆみもて ただよろこびのこゝろより
さとりの岸にいたるべき 吾が合掌をさゝげまし
前後の曲は「日の丸行進曲」と「興亜奉公の歌」で、軍国主義真っ盛りの中だ。ネットで調べたところ、楽譜は「国民歌謡 第7輯 願ひ・野行き山行き」(1936)が初出らしい。
この歌詞、一行一行は(一の2行目を例外として)特段難しくはないが、全体の意味は意外に取りにくい。仏教讃美歌の一種だろうか。九條武子は仏門名家の生まれらしい。
さて、難解な“たどきもしらず”だが、“たどき”を辞書で検索したら、何のことは無い、“たつき”と同根あるいはその発音遷移らしい。要するに“どうしてよいか判らず”という意味だった。解ってしまえば、前後の文脈から類推できるではないかと、己の貧脳ぶりにがっかりする。
作曲の瀬戸口藤吉は戦前の海軍軍楽隊の指導者で、行進曲など多くの名曲を残した(そうだ)。先入観が有るかもしれないが、この曲も行進曲の趣がある。洒落た感じもある。詞・曲とも、あまり戦時色を感じさせない。前奏譜に(木魚の音)と指示が記されているから、瀬戸口は、やはり仏教歌として作曲したのだろう。
この「名曲集1」の出版が昭和16年7月20日と印刷されていて、瀬戸口はその111日後の11月8日に亡くなっている。