先だって、井伏鱒二の短編「かきつばた」を文庫本で読んだ。図書館から借りたのだが、いつもの如く、何故リクエストしたのか覚えていない。
読んだ後も、話の粗筋さえ碌に覚えていないが、広島市に近い地方都市での、原爆投下直後の著者の経験として語られている。
冒頭、ある邸宅の庭の池にカキツバタが狂い咲いていることから始まる。その後は原爆被災者にからむ挿話が続き、最後に、カキツバタの狂い咲いた池に若い女性の水死体が浮かんでいる事件と、主人公が想起する、この事件に相似の昔話で終わったようだが。とにかく、全体の脈絡が無いような印象だった。(タイトルはかきつばた、文中ではカキツバタ)
そこで、当管理人も想起したことが一つある。「かきつばた」と言えば、合唱組曲「柳河風俗詩」(北原白秋作詞、多田武彦作曲)のなかの第3曲だ。第1曲は「柳河」で、歌詞中に次のような一節:
“裏の BANKO* にゐる人は、……
あれは隣の継娘(ままむすめ)。
継娘(ままむすめ)。
水に映つたそのかげは、……
母の形見(かたみ)の小手鞠(こてまり)を、
赤い毛糸でくくるのじや、
涙片手にくくるのじや。”
こちらは死んではいないが、不幸な女性という範疇で括る事が出来る。カキツバタにはそのような連想の働く故事でもあるのか。
ところで、短編「かきつばた」の主人公は、人から“まッさん”と呼ばれる。幼少年時代の呼び名だそうだ。そこで、著者の名前を思い出すと、“ますじ”だから、辻褄が合う。本名は“満寿二”だとカバー袖に説明があった。
今を時めく“まッさん”は何の愛称なのだろう。