何かに載っていた書評に誘導されて「クルーグマンミクロ経済学」(東洋経済新報社 2007.10)を図書館から借りていたが、読む暇が無かった。返却期限が迫ったので、六百余ページの厚冊をパラパラ捲ったところ、《第IX部ミクロ経済学と公共政策・第20章公共財と共有資源》に“経済学を使ってみよう オールドマンリバー”という事例紹介があった(p.583)。
“ミシシッピ川は数百年に1度川筋を変える。何千年にもわたり河口の形状は200マイルに広がる弧に沿って揺れ動いてきた。
もし、陸軍工兵隊の関与が無ければ1970年ごろに川筋の変化が起こっていた筈だった。そうなればルイジアナ州の経済に深刻なダメージを与えると想定された。
陸軍工兵隊は、ミシシッピ川の形状を保つため、巨大なダム・防壁・水門の複合施設、オールドリバー制御機構(Old River Control Structure)を建設した。
オールドリバー制御機構は公共財の最たる例だ。どんな個人にもそれを築くインセンティブは無いが、それによって数十億ドルの私有財産が守られる。
費用を他人が支払ってくれるなら、誰もが自分の財産にとって有益なプロジェクトを実施して欲しいと思う。そして、その便益は過剰に報告される傾向となる。陸軍工兵隊は、合理的な費用便益分析では正当化できない高価なプロジェクトを行うことで悪名高い組織になった。
他の国では、陸軍工兵隊に相当する組織によって、さらにひどい浪費が行われる傾向がある。日本では、今やほとんどすべての河川がコンクリートの水路を流れていて、驚くべきことに、海岸線の何と60%がコンクリートによる「装甲が施されている」のだ。”
ただ「オールドマンリバー」という見出しの響きに惹かれて読み始めたのだが、本文の何処にもそれは見当たらず、代わりに「オールドリバー Old River」があるだけであることに興味が湧いた。ネット検索で“Old River Control Structure”が正しい名称であることは直ぐに判った。
何故「オールドマンリバー」に変身したのだろう。原書には勿論そのような名称は載っていない筈である(要確認)。翻訳作業の中で起きたことと思われるが、その当時、「オールドマン」が人口に膾炙していて、単語入力の指先が滑ったのだろうか。
揚げ足取りはさて置き、日本の河川・海岸整備事業が“さらにひどい浪費”の代名詞のように付言されているのは驚きだ。日本の公共事業がアメリカの経済学者にも“無駄”と知れ渡っているのか。
“ほとんどすべての河川がコンクリートの水路を流れていて”というのは大体その通りだと思うが、“海岸線の何と60%がコンクリート”は本当か、俄かには信じ難い。正確な統計資料が直ぐには見付からないが、自然海岸の率は約5割であるらしい。残り5割が“人工海岸”として、そのうち“コンクリートによる「装甲が施されている」”のはどれ程の割合なのか。やはり記述は誇張気味であるように思われる。
看板に恐れ入って盲信してはいけない、面白おかしい話には、眉に唾して冷静に受け止める必要があるということか。