「われら愛す」のメロディー譜が帝国劇場発行のプログラムに掲載されている。壽屋の1ページ大広告枠内で、“新国民歌”と冠されている。耕筰の名は無い。
脚本集では、半ページ大の枠内に“新國民歌”として載っている。楽譜自体は同じものだ。
生井の著書に引用されている「壽屋社報」第10号掲載の楽譜では、編曲山田耕筰と明記されている。したがって、現今目にするメロディー譜は、耕筰が“二ヶ所ばかり加筆した”もののようだ。
合唱譜のうち、耕筰編曲版(混声四部)は変ロ長調と原曲通りである。高浪版は同じく混声四部だが、前回記したように一音上げたハ長調である。調の違いは別として、両者を比べ見ての印象は、高浪版が耕筰版を下敷きとしつつ、やや簡素化し、歌い易くしているということだ。
したがって、高浪版は“山田耕筰編曲、高浪晋一改編”とでも記すのが実態に合う。両者のソプラノ・パートのメロディーは原発表曲と同じである。
日比谷での発表会では耕筰自身が指揮したそうだから、これぞ真に“幻の新国民歌”の名に値する。その合唱音源がどこかに残っていれば聴いてみたい。
僅か十年足らず前には聖戦遂行に向けて国民の尻を叩いていた音楽家の見事な転身振りを噛み締めながら。