生井弘明著「われら愛す 憲法の心を歌った“幻の国歌”」(京都 かもがわ出版 2005.2)を図書館から借りて読んだ。何故この本なのかは、例によって思い出さない。新聞記事か何かで気になって予約を入れておいたものだろうが。
“幻の国歌”という巧みな売り込み文句に引っ掛かったのは確かだ。一方、「われら愛す」なる歌名にもかつてお目に掛かったような気がしていた。記憶の劣化は覆うべくもないが何かしら鈍い信号音が鳴る。
こんな時、日々の記録としてのブログは大いに役に立つ。自分が何を記録したのか検索すると言うのも情けないが、虚勢を張っても居られない。
「われら愛す」ではヒットしなかった。ブログではなく、国歌(君が代)関連の読み物で見て頭の片隅に残っていたのだろうかとも思った。「君が代」については以前、かなり調べたことがあったから。
「われら愛す」は戦後、1953(昭和28)年に、帝政・軍国主義との結び付きの強い「君が代」に代わって国民が心から歌える国民歌として作られたとある。当然ながら、お国の事業ではなく、何と、壽屋という一私企業が宣伝を兼ねて歌詞、曲を募集し、全国から五万余の応募を得て、選定したそうだ。
その辺の詳しい経緯は本書及びネット上の情報に任せるとして、応募作の審査を当代一流の芸術家に委嘱し、当選作は東京・日比谷公会堂で大々的に発表するだけでなく、レコード化し、ラジオ放送で連日流したそうだから、今時の企業には想像もできない大文化事業だ。
宝塚歌劇団の興行にも組み込まれ、全国主要都市巡業公演が行われたとも書かれている。大盛況だったそうだ。今どきの国民では、このような真面目一方の国民歌や、それを素材とした演劇(音楽劇)などに熱狂するなどあり得ないことだ。時代が違う。
肝腎の「われら愛す」について少しはメモっておかなければならない。
われら愛す 作詩:芳賀秀次郎、作曲:西崎嘉太郎、編曲:山田耕筰
1.われら愛す
胸せまる あつきおもひに
この国を われら愛す
不知火 筑紫のうみべ
みすずかる信濃のやまべ
われら愛す 涙あふれて
この国の空の青さよ
この国の水の青さよ
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胸せまる あつきおもひに
この国を われら愛す
不知火 筑紫のうみべ
みすずかる信濃のやまべ
われら愛す 涙あふれて
この国の空の青さよ
この国の水の青さよ
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作詞者、作曲者名にも初お目見えではないような気がした。念のためブログ内検索したところ、やはり見付かった:
「我ら愛す」と表記したから、「われら愛す」ではヒットしなかったのだ。とにかく、これで記憶劣化のモヤモヤが、この件については解消した。それにしても、月日は無情に、着実に過ぎて行くものだ。