いつだったか、千住真理子氏(バイオリニスト)が、バイオリンの名器について書いていた。かの有名なストラディバリウスを試し弾きし、一瞬のうちに買おうと決めたというような話だった。
つまり、名器は名ばかりではなく、実際に善い音色を響かせたということだ。一流の演奏家の言だから、信じてよいと思う。名声に惑わされたのではないことを証明する後日談もしっかり付記されていた。
しかし、以前、名器も凡器も、音だけ聴かせれば、違いは判らないとの“科学的”調査結果とやらを読んだことがある。千住氏の言と、科学的調査と、いずれを信じるべきか悩むところだ。
だが、冷静に考えれば、いずれが真実かという問題として捉えるには、条件が不足していることが解る。千住氏が手にしたのは、ある一つの特定の名器である。科学的調査の対象となったのは、別の複数の楽器である。
極端に言えば、比較する条件が整っていない。つまり、どちらが真実かと問うことが無意味なのだ。どちらも事実であり、何も矛盾することは無いのだ。それぞれに正しいと考えてよいと解り、ほっとする。
それより、試奏して瞬間的に名器の音色を感知する音感は凄い。我々声楽趣味の素人でも、歌手の美声を求めてコンサートに足を運ぶ。素人なりに評価を下す。ただし、それはじっくり聴いてからのことだ。途中で評価が揺れることもある。要するに判断基準が確立していない。プロとアマの違いと言ってしまえば、それまでだが。