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Channel: 愛唱会きらくジャーナル
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将軍 吉宗~享保日本図~和算家 建部賢弘

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お堅い内容の講演会を聴きに行った。「和算」の響きに魅せられたのは確かだが、会場がお茶の水女子大学ということが決心させた。部外者立ち入り禁止の同大学構内におおっぴらに入れるチャンスだ。
 
一般公開講演会 「建部賢弘生誕350周年記念展示会―
           建部賢弘の和算における業績と享保日本図」
日時:8/24 1300-1500
講演プログラム(敬称略)
13
00-1310 開会挨拶  お茶の水女子大学歴史資料館館長鷹野景子
13
10-1350 「江戸時代初期の数学」 日本数学史学会会長・和算研究所理事長佐藤健一
14
00-1450 「建部賢弘の生き方から学んだもの」 小説家鳴海
15
00-1530 「享保日本図」解説  
              広島県立歴史博物館主任学芸員久下
総合司会:日本数学史学会副会長・お茶の水女子大学教授真島秀行
同時開催:大学資料常設展示(本学本館1121室)
   特別展示「建部賢弘生誕350周年記念展示会―
         建部賢弘の和算における業績と享保日本図」
 
講演内容はあまり面白くなかったが、将軍吉宗(16841751)が儒学などより測量、天文などの実学を重視したこと、そのために蕃書禁止をゆるめたことなどを教わった。
 
今回同時開催の特別展示「建部賢弘生誕350周年記念展示会―建部賢弘の和算における業績と享保日本図」の目玉である“享保日本図”は吉宗の命(1717)で作成されたそうだ。全国各藩の地図は相当正確なものが既に揃っているとの前提で、それらを繋ぎあわせる作業で間に合わせることとなった。
 
その要は、各藩の地図に隣接藩内の目立つ山が見える方角を表示、報告させることにあったが、ついでに既存の地図の正誤をも求めたため、作業が捗らなかった。そこで吉宗が建部賢弘(たけべかたひろ 16641739)を責任者にしてプロジェクト促進を図った。
 
建部は、各藩には目標物の方角だけを報告させることで足りるとし、作業を簡素化した。これにより、享保の日本総図作成プロジェクトは約8年後に完成した。建部が単なる和算家ではなく、実用技術に優れたセンスを持っていたことがうかがわれる話である。実学重視の吉宗とはウマが合ったことだろう。
 
この享保日本図は、偶然にも建部賢弘生誕350年に当たる今年5月に広島県立歴史博物館寄託資料より発見されたのだそうだ。
 
今日初めて観覧の機会を得たお茶大構内は、日曜日で閑散としていた所為か、樹影の濃さが印象的だった。本館建物の重厚かつ風雅な趣にも感心した。文化財に指定されているそうで、納得だ。桃の木が一本あり、小さな実が転がっていた。残念ながら虫たちに先を越されていた。
 
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