ルシンダ・ライリー/著 高橋恭美子/訳「影の歌姫 上・下」(東京創元社 2018.7)を読んだ。舞台が19世紀から21世紀の欧米に亘り、役者も歴上実在の有名人を配しているので、娯楽性は十分である。
原題≪THE STORM SISTER≫は“嵐姫”とでも理解すればよいのか。訳題「影の歌姫」は解り易いし、購読意欲をそそる妙案だ。ただし、それは本書の内容の一構成要素に過ぎない。
イプセンの戯曲とグリーク作曲の組曲による「ペール・ギュント」の初演(1876)に際し、舞台女優の口パクに合わせて舞台裏で歌ったソプラノ歌手を指す「影の歌姫」が辿った数奇な運命を虚構し、著名芸術家との交流から紡ぎ出される子孫たちの人生を大河ドラマのように描いている。
面白いのだが、時系列的に叙述されておらず、時代が前後したり、したがって登場人物がガラリと入れ替わったりするので、読みづらい憾みがある。このような小説手法は近年の流行なのかな。
娯楽小説と割り切ればよいとは言うものの、文庫本としては浩瀚な分量であり、読了するにはそれなりのエネルギーを要する。歌姫の物語と他の話題とに密接な関連性は覗えないので、全体に散漫の印象もある。風呂敷を広げ過ぎたのかも知れない。
しかし、西洋音楽史の数コマを生き生きと描いて見せてくれるところは見事だ。例によって虚実綯い交ぜであるから歴史的真実と勘違いしないように注意しよう。
大団円を飾ることになる老ピアニストが、“飲んだくれであてにならない”、“コンサートをすっぽかす”、“何年も前に解雇されてる”人物で、記念すべき公演での起用を(最初は)言下に断られたという設定は、当方が今抱える悩みにそっくりである。