昨日の日経新聞に、当方にとって「ネコに鰹節」のような記事が載っていた:
... 室温で水素原子が核融合反応を起こしてエネルギーを生み出す「常温核融合」。この現象を初めて観測したという1989年の発表で世界の研究者の参入が相次いだが、実験結果は再現されずにブームは急速にしぼんだ。それから約30年。地道に研究を続けてきた日本の研究グループを中心に核反応によるとみられる過剰熱
“実験結果は再現されずにブームは急速にしぼんだ”と穏やかな表現であるが、実際には「否定」されたも同然だったのではなかったか。それでも、記事にあるように、研究を続けた人たちによる成果が少しずつ伝えられていたのも事実であった(健在「常温核融合」~凝縮系核反応~アメリカ特許 2016/9/9(金))。しかし、恐らく、理論的な説明、裏付けが出来なくて、学会から認められなかったのではないか。
日経新聞の記事検索で、次のような時系列を得た:
...を記録したノートを見ながらこう話す。■三菱重工の研究者が東北大に移籍 かつて、凝縮集系核反応は「常温核融合(コールドフュージョン)」と呼ばれた。1989年3月に米ユタ大学で、二人の研究者がこの現象を発表し、世界的に脚光を浴びた。だが、ユタ大学での報告
...が多数、集積した状態で、元素が変換する現象を研究する分野。1989年3月に米ユタ大学で、二人の研究者が「常温核融合(コールド・フュージョン)」として発表したことに端を発する。 この時の発表では、パラジウ...
...核変換を簡単な装置で実現できるかもしれない研究が始まった。そのきっかけとなったのは、かつて誤りとされた「常温核融合」の研究だ。■東北大学に研究部門を開設 三菱重工からも研究者...
... もともと低いエネルギーで元素が変わるのは、1989年に提唱された常温核融合と同じ考え方。1億度などという超高温でなくても核融合が起こり、過剰熱が発生するという夢の現象...
常温核融合から≪似非科学≫のレッテルが外れたのは、せいぜい10年内のことのようだ。約三十年前の初登場の時のような華々しい報道は無かったが、いつの間にか、それが認知されていることを知ると、複雑な気持ちになる。ノーベル賞授与はいつになるだろうか。
常温核融合に成功したことを発表したフライシュマン教授(1927.03.29~2012.08.03)とポンズ教授(1943.08.23~)は、その後、学会の表街道から外れざるを得なかったと想像される。
彼らの業績には客観的な証拠が無かったとされるから、良くて誤認、悪くすれば捏造ということになる。現象の発見者たる栄誉も得られない。重力波の直接検出についても、同様の事件があった。