≪「取りました」 確認をお願いします、と。 はっきりとした声が、広い講堂内に響き渡った。
大きな『場』を挟み~対戦者二人~。一人は~大柄な壮年。もう一人は~小柄な少年。
大柄な男の顔色は悪く、信じられない、という面持で『場』を睨みつけているが~。
一方の少年はと言えば、冷静に審判の判断を待っている。~
「確認。勝者、下方!」審判によって勝利を告げられた少年は、ありがとうございました、と平然とお辞儀をした。
直後に上がったざわめきは、歓声というよりも感嘆だった。
敗北した壮年の男は、~軍において現役で指揮をとっている上級武官だ。~≫![イメージ 1]()
伝奇時代小説・阿部智里「空棺の烏」([八咫烏シリーズ4] 文藝春秋 2015.7)の第四章『雪哉』冒頭(pp.291-292)、『兵術コンクール』の場面の抜き書きである。
この著者の文は読解に苦しむ箇所があるのだが、全体としては面白く、楽しめるのでシリーズを順読することにした。と言っても、結構人気があるらしく、必ずしも順調に当方の読順が回っては来ない。日が経つうちに、シリーズ何番を読み終わったのか忘れてしまうこともある。
『兵術コンクール』は、戦場の地形を模した大きな盤面で、二人の指揮者が各種の駒を動かして勝負するゲームということなので、将棋やチェスを想起させる。そして、少年がヴェテラン壮年を破るという場面を読まされると、世情に疎い当方でも、中学生プロ棋士某四段を連想する。
新進が熟練に勝つことは、現実にも珍しいことではないのだろうが、本書のヒーローたる少年の勝ちっぷり(負けることもある)は、昨今話題の某四段を髣髴させる。出版が二年前だから、彼の天才ぶりは未だ全国的に、あるいは将棋界外では知られていなかっただろう。