$ 0 0 藤井一二「大伴家持」(2017/7/12(水))に、次のような歌が引用されていた: ≪・・・・・卯の花の 咲く月立てば めづらしく 鳴くほととぎす 菖蒲草・・・≫(巻18・4089) これは、大伴家持が越中守時代の天平勝宝元年(749年)5月10日に詠んだ長歌の中の一部のようである。この年は2度改元があり、暦計算がややこしい(ウィキペディア): 天平21年4月14日(ユリウス暦749年5月4日)陸奥からの黄金献上により 天平感宝と改元 天平感宝元年7月2日(ユリウス暦749年8月19日)天平勝宝に改元とにかく、ユリウス暦では5月30日、グレゴリオ暦では6月3日に詠んだ計算だ。当時、越中の地では、卯の花は現行暦6月頃に咲いたものと見える。ほととぎすもその頃に鳴き始めたのか。 「卯の花」と「ほととぎす」が連なれば、単細胞的脳に浮かぶのは、唱歌「夏は来ぬ」である。作詞したのは、言わずと知れた佐佐木信綱、国文学の大御所である。万葉の昔から、「卯の花」が咲き、「ほととぎす」が来て鳴くのは、初夏の定型的風物であったのか。