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Channel: 愛唱会きらくジャーナル
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坂本 久美~ソプラノ二重唱~宮下 あずみ

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梅雨の晴れ間と言うには暑すぎたが、頑張ってランチタイムコンサートに行ってきた。今日は面白いタイトルが付けられていた:
 
お昼のソプラノまんぷくコンサート 715()
坂本久美(ソプラノ)/宮下あずみ(ソプラノ)/四條智恵(ピアノ)
 
Aプログラム12:05
あなたがほしいの(ジュ・トゥ・ヴ) H.パコーリ/E.サティ [坂本]
ある晴れた日に G.プッチーニ 《蝶々夫人》から [宮下]
花の二重唱 L.ドリーヴ《ラクメ》から [二重唱] 
ふるさとの四季 源田編曲 [二重唱]
 
Bプログラム12:35
くりやの歌 平井多美子/中田喜直 [宮下]
うたうだけ 谷川俊太郎/武満徹 [坂本]
夢のあとに R.ビュシーヌ/G.フォーレ [坂本]
さようなら、故郷の家よ A.カタラーニ《ワリー》から [宮下]
For the Beauty of the Earth(この美しき地球に) J.ラター曲 [二重唱]
虹の彼方に H.アーレン曲 映画《オズの魔法使い》から [二重唱]
 
売り出し中の若手ソプラノお二人の声が良く調和して、秀逸な二重唱だった。「ふるさとの四季」など、約十分も掛けて丁寧に四季を巡ってくれた。ソロも勿論素敵だが、プロ歌手による重唱は意外に聴くチャンスが少ないから、今日は本当にお得なコンサートだった。
 
坂本はフランス歌曲を得意とするらしい。宮下はオペラを本業に目指しているのだろう。低音もよく聞こえてきた。
 
副都心の果樹園では、ニワウメが終わり、ナツハゼがゆっくりと熟しつつある。
 
近所の小学校脇の緑道に不思議な果実を見付けた、と思った。緑色で、小さなヒメリンゴにそっくりだが、実の頂部に萼片の残骸がしっかり残っていて、正体が解らなかった。枝には鋭い棘が逆さに生えている。
 
家人に向かってこの疑問を呟いたところ、バラじゃないかと示唆された。脳天を打ち砕かれたような衝撃だった。緑色のバラの実を見たことが無かったため、全く思い付かなかったのだ。その他の特徴が明らかにバラを示していたのに。植物趣味を称する自信が失せそうだ。
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ブラジルに農業支援~物流網の整備~セラード開発

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数日前、次のようなニュースを読んだ:
 
ブラジルに農業支援 首相、物流網の整備表明へ 
2014/7/13 0:30 情報元日本経済新聞 電子版   安倍晋三首相は今夏にブラジルを訪問し、ルセフ大統領との会談で農業関連のインフラ整備を支援する考えを表明する。
 ブラジルは穀物大国で、日本は第5位の輸出先。官民で共同の協議会を立ち上げ、ブラジルが穀物の輸出を円滑に増やせるように、農産物の輸送路や港湾、鉄道などのインフラ整備を後押しする。
 日本が安定して食料を輸入できる環境を整える。 首相は7月下旬から8月初旬にかけてブラジルやメキシコなど中南米を歴訪…
 
ブラジルは穀物輸出大国だが、港湾、道路、鉄道などの物流インフラの整備が不十分で、輸入する日本にとってもリスクとなっているのを改善しようとするものだと説明されている。
 
具体的には、日本企業がブラジル企業に出資する時にJBIC(株式会社国際協力銀行)が便宜を図ったり、日本の銀行がブラジルの農業関連企業に貸し付けを行う場合に(独)日本貿易保険が便宜を図ったりすることが想定されているとのことである。
 
背景情報として、日本は1979年から2001年まで中部セラード地域の大規模開発プロジェクトに協力したことが付記されている。
 
あまりインパクトの感じられないニュースだが、背景情報のセラード開発の絡みで読むと結構考えさせられる。セラードと聞けばコーヒーを思い浮かべる人が多いかも知れない。
 
当管理人の最寄り駅のすぐ近くにコーヒー店が新しくオープンしたのは十五年ほど前だったか、特別に繁盛するでもなく、潰れるでもなく、地道に営業し続けている。
 
ある時気紛れに立ち寄り、概観すると、各種コヒー豆の麻袋が並んでいる中にセラード種というのが目に付いた。コーヒーの種類としては殆ど初めて見たような気がするが、ある事情で既知であったかも知れない。その数年前に偶々セラード開発について多少調べたことがあり、現地にも赴いたことがあったからだ。
 
とにかく、セラードコーヒーとは珍しいとばかり、店主と少し言葉を交わした。彼は、セラードとは何かを知らないようだったので、当方、得意になって講釈したように覚えている。その後、件の店には殆ど立ち寄っていない。
 
本題に戻る。セラード開発はそれなりに成果を上げて、終了したわけだが、そこで手を引くのは勿体ないと思われた。世界的に穀物流通は大きな問題であり、経済だけでなく、国際政治上も大きな影響をもたらしていた。
 
その世界で力を持っているのは主にアメリカの穀物商社であったと記憶する。彼らは流通網にも世界的な支配力を持っているようだった。日本企業がブラジルから穀物を輸入するにも、それら商社の影響下での取引が多いと思われた。一方、中国などの新興勢力は、国家戦略として、南米各国での穀物権益の確保に動いていた。
 
そこで当管理人は考えた。日本が食料、特に穀物を将来にわたって確保するには、アメリカの穀物商社や中国などに世界中の穀物を押さえられないよう、独自の流通チャンネルを構築する必要があると。世界中の穀物生産や流通について知悉するわけでもないので、取り敢えずご縁のあったセラード開発の成果を引き継ぎ、日本の穀物基地の一つをここに確保することは賢明であると考えた次第だ。
 
生産地を押さえるだけでなく、日本までの輸送路を整備しなければ穀物基地も無意味である。内陸のセラード地域から積出港までの道路や鉄道、河川港などである。これら運輸インフラの長期かつ大規模な整備プロジェクトの計画、設計、施工のノウハウは、我国の関係機関、企業に蓄積されていると思われた。
 
一身上の区切りを迎えた当管理人は、身の程知らずにも、この考えを関係要路に説いて回った(と言っても数人だけ)。セラード開発協力が終わった頃、また、国内政治が大きな変革の時期に当たった頃、関係機関がセラード絡みでブラジルに進出するには千載一遇の好機であると、本当に思った。
 
忙しいからと体よく追い払われたこともあり、熱心に聴いてくれた人も有り、様々な反応があったが、結局、何も始まらなかった。
 
国内の政争も禍したのだが、もともとこのような大それた構想を本気で実現させるには、それなりの組織をまず立て上げて、時間を掛けて、広範囲に働きかけなければならない。一個人で動いていても無駄だろうとは、始めから想定していたのだった。要するに趣味で満足していたのだった。
 
今回の政府の動きがどこまでを見据えてのことなのか、興味津々である。
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藝大生オペラ~百花繚乱~本格オペラへの誘惑

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夏バテ気味で体がだるいが、気持ちを奮い立たせてバスを乗り継ぎ、浅草まで行ってオペラを鑑賞した。浅草オペラというジャンルもあるやに聞くが、きょうのは正統のクラシック・オペラ、ただし、いわゆる演奏会形式、しかも抜粋である。だからこそ、お得なコンサート狙いにも手の届くお値段で観る事が出来る。
 
木曜コンサート『オペラ・指揮』平成26年7月17日(木)開演 午後2時
~ モーツァルトとロッシーニのオペラより ~
モーツァルト 
《コシ・ファン・トゥッテ》一幕より No.1.2.3
グリエルモ:
竹内 利樹
フェランド:
持齋 匡
ドン・アルフォンソ:
高崎 翔平
ロッシーニ 
《セヴィリャの理髪師》より第一幕 No.7 
ロジーナ:
山下 裕賀
フィガロ:
赤木 克行
ロッシーニ 
《セヴィリャの理髪師》より第二幕 No.16 
ロジーナ :
野間  愛
フィガロ:
赤木 克行
伯爵:
川上 春央
モーツァルト 
《フィガロの結婚》より 第二幕
 
(始まりからアントニオの登場前まで)
アルマヴィーヴァ伯爵:
堤  智洋   
伯爵夫人:
品 綾野
スザンナ:
竹田 舞音
フィガロ:
青木 海斗
ケルビーノ:
野間  愛

 
モーツァルト 
《フィガロの結婚》より 第四幕
アルマヴィーヴァ伯爵:
堤   智洋
 伯爵夫人 :
品 綾野
 スザンナ: 
横森 由衣
フィガロ:
青木 海斗
 ケルビーノ:
山下 裕賀
 マルチェリーナ:
中島 郁子
バルトロ:
高崎 翔平 
バジーリオ:
川上 春央
バルバリーナ:
塚本 江里子
クルツィオ:
吉田 伸昭

 
指揮:
山脇 幸人 / 松川 智哉 / 石坂 幸治
ピアノ:
服部 容子 
ヴァイオリン:
戸原 直(1st) /浮村 恵梨子(2st)
ヴィオラ:
古賀 郁音 
 チェロ:
伊東 裕 
 
出演者は藝大生となっている。特に選ばれた優秀な院生たちだろう、皆さん好いお声でのびのびと歌っていた。
 
有名なオペラばかりで、粗筋はプログラムに記されているが、なかなか頭に入らない。老化で頭が固くなっているだけでなく、粗筋そのものも、詳しい筋書の所々を切り張りしたらしいことも原因のようだ。
 
聞き知る曲は“Voi che sapete 恋とはどんなものかしら”だけだった。それでも退屈しなかったのは、美声と歌唱力のお蔭だ。皆さん、まだ在学中というから凄い。声の迫力には少し欠ける場面もあるが、それを差し引いても、これだけ役者が揃えば壮観だ。毎年このような人材が巣立っていくのは、実に頼もしい。
 
略式とは言えオペラだから、皆さん演技も疎かにできない。かなり稽古を積んだだろうことが見て取れた。観客としては楽しいことだが、出演者にとっては大きな負担だろう。好きでやっていることだから、他人が心配しなくてもよいようなものだが、歌にしか興味の無い者には気懸りなことだ。
 
今日の出演者たちの先輩格たるデビュー済みの歌手による《Cosi fan tutte》が10月に藝大奏楽堂と新国立劇場とで上演さるらしい。お値段は今日の十倍だが、それでもお得感がある。初めてのオペラ観劇には持って来いかも。
 
ところで、歌手にばかり目が行って、楽器奏者や指揮者を忘れそうになる。目立たないように黒装束で登壇しているが、彼らも大きな役割を果たしていることは言うまでも無い。
 
歌手は指揮者を見ているわけではないから、楽器(今回はピアノと弦楽器)の伴奏でシンクロナイズしているに違いない。指揮者は歌手を間接的に指揮しているということか。歌や演技を見ながら楽器演奏にフィードバックするのだろうか。それとも、歌手が自己責任で伴奏に合わせるだけなのか。これまた、他人が心配することではなさそうだ。
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内村鑑三と君が代~国歌ではない~天子の徳を称える歌

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少し前に読んだ出版社PR誌《春秋》5月号所収の齋藤桂「日露戦争期のサウンドスケープ―――内村鑑三からみる近代の歌」に内村の考えが記されていた。関係者には公知なのかも知れないが、当管理人の目には新鮮に見えたので、メモしておきたくなった。
 
“孰れの国にも国歌なるものがなくてはならない。然し我日本にはまだ是がない、「君が代」は国歌ではない、是は天子の徳を称へるための歌である、国歌とは其平民の心を歌ふためのものでなくてはならない(略)平民の心を慰め、其望を高うし、之に自尊自重の精神を供する歌が日本国民の今日最も要求する所のものであると思ふ。
 
平民歌なるものは大嶽と大河と亦蒼空を歌ったものでなくてはならない。
 
平民歌であるから労働歌でなくてはならない、歌は娯楽のためではなくて労働を援け促すものでなくてはならない。”(歌に就いて 1902年)
 
「君が代」が日本の国歌となったのは、正式には“国旗及び国歌に関する法律(平成11813日法律第127”の制定によるが、その遥か前、明治時代から事実上、国歌として扱われ、認識されていた筈だから、内村は随分大胆な意見を述べたものだ。
 
“国歌とは其平民の心を歌ふためのものでなくてはならない”辺りから後は社会主義色が濃厚である。禁欲主義も露骨である。これらの点については、賛否の議論が当然あり得る。
 
しかし、“「君が代」は国歌ではない、是は天子の徳を称へるための歌である、”ことについては、大方の一致して認めるところではないか。法律により国歌であると定義されたにしても、歌詞内容という法律以前の事実の理解の段階では、今でも内村の意見は正当と認められる。
 
なお、斎藤桂氏は、このような単純な話をしているのではない。“日本において音楽が単なる情緒の問題であり、社会の問題となりえないのは、、、情緒や感情以外の可能性が去勢されたような状況をどう評価すべき、、、”など、高度の問題提起をしているので、念のため。
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訪問コンサート~世代交代?~梅雨明け近し?

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ボランティア・グループの施設訪問コンサートに参加した。もう何年にもわたって何回もお邪魔している老人福祉施設だが、近頃は施設の種類が多くなって、どれに分類されるのか見分けがつかない。
 
プログラムは、6.9.を除き、既に別施設で実施したものと同じだ:
 
1.手のひらを太陽に
 2.芭蕉布
 3.うみ(海はひろいな~、一番無伴奏男声3名斉唱)
 4.この広い野原いっぱい
 5.おもちゃのシンフォニー(ピアノ・弦楽合奏)
 6.山のロザリア
 7.山男の歌
 8.少年時代
 9.森へ行きましょう(シュワジェベチカ)
10.黒い瞳の
11.大きな古時計(ピアノ・弦楽合奏)
12.O sole mio オー・ソレ・ミオ(ソプラノ独唱)
13.ふるさと(アカペラ)
 
出演者は弦楽4、ピアノ1、司会・指揮(兼ソプラノ・ソロ)1を含めて15名ほど、お客さんは、スタッフも含めて三十余名だった。曇天の所為でもなかろうが、反応の薄い方々だった。こちらもしらけそうになるが、司会の先生がめげずに頑張っていた。演奏にもっとメリハリを付けるべきなのかも知れない。
 
今日から男女各1名新人が参加し、お二方ともかなり上手なので、気分的には楽になった。逆に当方が引退する環境も整いつつあると言える。
 
昨日,今日とかなりの降雨が有り、雷鳴も盛大に轟いていたので、そろそろ梅雨明けなのかな。タイミング良く雨が上がり、どこかの花火大会が賑やかに聞こえてくる。
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練達ヴァイオリニスト~苦手な曲~百見不如一聞(ひゃっけんはいちぶんにしかず)

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昨日のボランティア・グループにはヴァイオリニストが3名いた。そのうち最も若くて最も上手と思われる人について、興味深い事実を見た。
 
彼女は、大概の曲は初見で弾けるし、他人の歌を12回聴くと、それに合せてメロディーを弾く事も出来る。これは、素人にとっては憧憬の才能だ。
 
ところが、山田耕筰の「砂山」をまともに弾けなかった。本人もそれを自覚している様子で、この曲は難しいと呟いていた。
 
楽譜を見ると、3♭のハ短調で、移動ド唱法派の当管理人にとっては比較的読み易い調である。そこで、お節介にもメロディーを口ずさんであげたら、直ぐに弾けるようになった。
 
これは実に不可解な出来事だ。単純に考えれば、彼女は目で楽譜を追うよりも、耳でメロディーを聞き覚える方が楽だということになる。しかし、かなり複雑な器楽曲をこなすレベルの彼女にとって、「砂山」のメロディーなど初見で完璧に弾ける筈なのだ。
 
この件について、彼女は一つのエピソードを語った。数年前に急な要請を受けて某病院へ歌の伴奏に出掛けたことがあった。その時に、この「砂山」を弾いたのだが、歌の人達と全く合わなかったというのだ。
 
彼女にはその理由がずっと解らないままであった。フラットが三つ付いたら読譜出来ないという話ではない。
 
この不思議な一件は、脳の認知回路に妙なチャンネルが形成されていた為であると言えば、何となく納得できるのだが、勿論これは表現を変えただけだから現象解明に近づいたわけではない。音楽的才能にまつわる面白い知見ではある。
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セミ~初鳴き~死骸

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三日続きの雨と雷鳴の後、今日は晴れているが、快晴とは言えない。梅雨明けは宣言できそうにない。それでも、アブラゼミとミンミンゼミの鳴き声を聞いた。昨日、セミの死骸(車に轢かれたように潰れていて、蟻がたかっていた)を見ているから、初鳴きはもっと早かった筈だ。
 
植物園に行ってみると、ヒマラヤスギの下にキノコが群生していた。白っぽい褐色系で、形も良く、いかにも美味しそうだが、食べる勇気は無い。
 
ハンカチノキの実が1個落ちていた。未熟のまま、先日来の雨で落ちたのだろう。若い実の中には樹液があって飲めるとの説をどこかで読んだ記憶がある。この固い実に穴を開けるには、それなりの道具が必要だ。
 
数年前に入手した実を家人に捨てられて以来、ハンカチノキの実生実験を果たせずにいる。今秋にはチャレンジしてみたい。
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第2次大戦敗戦記念~8月~第1次大戦開戦記念

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2次世界大戦及び太平洋戦争の終結から69年の記念日が近付いてきて、我がコーラス活動にも関連曲が顔を出し始める。
 
きょうは愛唱会の夏休み前の例会で、課題曲の稽古の後、余興に「長崎の鐘」「新しい朝の」「ひめゆりの塔」その他を歌った。
 
これら3曲は8月初めの施設訪問で歌う予定にしており、そのリハーサルを兼ねさせて貰った。施設入所者の皆さんにも歌って頂くので、合唱ではなく、斉唱とした。
 
ところで、敗戦記念日を思い出させてくれる8月だが、実は第1次大戦の絡みでも記念すべき月である。こちらは、終戦ではなく、開戦に関係が深い。
 
公式には、第1次大戦の始まりは、1914728日のオーストリアのセルビアに対する宣戦布告であると思われる。
 
この、局地戦に終わる筈の戦争が、大規模な戦争に発展するもととなったのが、ロシア、ドイツ、フランス、イギリス、日本の参戦で、同年8月だった。
 
というわけで、来たる8月は、太平洋戦争終結69周年にして、第1次大戦開始100周年の節目の月に当たる。第1次大戦後の平和の歌なども歌いたいところだが、時間が無さそうだ。
 
開戦記念8月を思いついたのは、山室信一「第一次世界大戦の衝撃と科学動員」(学士会会報2014-Ⅳ)による。具体的には、“一九一四年八月の開戦直後に初めて世界戦争と呼んだのは日本人であった。”という記述である。 イメージ 1イメージ 2

暑気中り~オーストリア最後通牒~日本人歌手による初オペラ

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本日723日は二十四節季の大暑に当たるそうだ。つまり、1年で最も気温が高まるとされる頃ニ当たり、実際暑かった。バスを待ちきれずに歩いていると、熱射病(近頃は熱中症?)の恐怖がこみ上げてきた。その暑さの中で建築工事などに立ち働く人達って、超人かと思われる。
 
電車で移動中、暑気中りかと驚くこと2度ばかり。
 
車内に怒声が響き、ケータイ片手に急いで立ち去る女性。“私たちはペースメーカーで生きているのだから、近くでそんな物を使われると怖いんだよ”とか主張しているみたいだった。とても力強い声で、ケータイの微弱電波などよりよっぽど怖かった。その後もよく通る声で何かお喋りしていた。
 
電車から降りて階段に向かう人ごみの中、前を歩く人を押し出し、或いは押しのけて直進する偉丈夫。急ぐにしても、普通は障害物(者)を迂回して先回りするものだが。こんな人が増えたら、と考えると恐ろしい。抵抗するには小さくて非力な老人では。
 
本日723日は、昨日話題にした第1次世界大戦に至る一つの節目、オーストリア-ハンガリー帝国によるセルビア王国への最後通牒の日(1914年)だそうだ。
 
平和な出来事としては、“日本人歌手によるオペラが初めて上演される(1903 奏楽堂)”ということがあったらしい(ヤマハ音楽日めくり)。指揮及びピアノ伴奏はお雇い外国人教師だったが、歌い手は全員日本人で、日本語上演だったそうだ。
 
演目は、グルック作曲の「オルフェオとエウリディーチェ」で、主役のエウリディーチェを歌ったのは、三浦環。
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綿毛浮遊~袋状の大実~フウセントウワタ

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昨日、日陰を辿りながら歩いていて、白い綿毛がフワフワ漂うのを見た。思い出したのは柳絮あるいは楊絮だが、季節的に外れているようだ。
 
その後で、とある店先に面白い形の実を着けた植物を発見した。昨日アップした左側の写真がそれだ。フウセンカズラを巨大化したような実だ。
 
その時点で、綿毛とフウセン状の実とは脳内で全く結びつかなかった。その植物の正体がフウセントウワタらしいと判ったところで、あの綿毛は、フウセントウワタの種子だったのではないかと思い付いた。
 
綿毛を拾うのは簡単なことだったが、惜しくもそこまで気が回らなかった。植物を趣味としていると公言する者にしては注意散漫だった。やはり暑気中りだったか。
 
今日は更に気温が上昇するらしい。涼しい所に身を隠そう。という訳で北国へ。あちらも三十度にはなるらしいが、三十五度よりはマシだ。
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直感的量刑~裁判員~慣例的量刑

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世間の常識や、庶民感覚から外れた裁判結果に時々文句を言う。今回は次のニュースに基づいて一言:
 
裁判員判決見直し厳罰歯止め
 「量刑は直感によって決めれば良いのではない」-。女児への傷害致死罪に問われた両親の上告審で、求刑の1・5倍の懲役15年とした裁判員裁判の結論を破棄した24日の最高裁判決。裁判長を務めた白木勇裁判官は補足意見で、評議の前提として量刑傾向の意義を裁判員に理解してもらう重要性を指摘し、「直感的」評議を戒めた。裁判員の「求刑超え」判決が増える中、厳罰化への一定の歯止めともなりそうだ。(産経新聞 725()755分配信)
 
最高裁の判事たちが、裁判員は直感によって量刑を決めたと考えているとすれば、その根拠を示す必要がある。また、素人を小ばかにしたような言い方とも取れる。
 
仮に、裁判員たちが直感によって量刑を決めたとしても、それが不当であるとして却下するのなら、直感が悪いと決め付ける根拠も必要だ。
 
そもそも、裁判員制度を導入したのは、市民感覚を裁判に反映させようとの目的意識があったのではないか。それは、法律家の専門知識に捕われないことを許容するのだから、市民の直感も尊重することが前提になっているのではないか。
 
従来の判決における量刑を踏襲しなければならないとすれば、時代の趨勢、価値観の変化を反映させることはできない。今回の最高裁判決は、裁判員制度そのものの意義を没却するものだ。
 
問題を元に戻すようだが、“直感”とは何か、その定義も明らかにしないと議論は噛みあわないだろう。
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Flowers will bloom(花は咲く)~英語欲減退~簡約志向

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北国のコーラス・グループ《さくらの会》で一時は「花は咲く」の英語版“Flowers will bloom”を三部合唱で歌おうという気運になった。
 
苦労して楽譜を用意したのだが、最近皆さん弱気になって、“歌える人だけで”とか“英語は1番だけ”とか、挙句の果ては“英語で歌っても(気持ちが)伝わらない”とか、忌避ムード濃厚だ。
 
要するに、覚えられないと思い始めたのだ。練習量の問題だと思うが、齢を考えると無理押しはできない。妥協案として、斉唱しようということになった。NHKが公表している斉唱(独唱)用の楽譜を活用する方向である。
 
一旦気持ちが萎縮し出すと、出来るだけ安楽に演奏したいという気持ちが募る。そこで、歌を縮めることにした。原楽譜では演奏時間は約4分となる計算のところ、約3分となる見込みである。いっそのこと2分程度にしてもよいかも知れない。少し縮めた歌詞は次の通りだ:
 
My heart goes out to you,
when the winter snows give way to spring.
My heart is longing now,
longing for the town where happiness had been …
been a place of hope and of dreaming too,
been a home where my heart always went back to you,
but, for now, where I only dream
of the people who I loved and knew.
Someone is singing,I can hear singing now,
someone is weeping,I can feel their tears,
someone is smiling,showing me why and how
to go on living for years and years.
Flowers will bloom yes they will yes they will
for you who are here or yet to be born.
They'll bloom yes they will and they'll bloom again until
There's no missing sorrow and no reason left to mourn.
My heart goes out to you,
when the morning sunlights up the pale blue sky.
My heart is heavy now,
with the grief I tried so often to deny.
Someone is thinking, I can read every thought,
someone is shedding tears for all that was lost,
someone is leading you to love that they sought,
asking you to love all that you love the most.
Flowers will bloom yes they will yes they will
for you who are here or yet to be born.
Flowers will bloom yes they will yes they will.
I wonder whatever I have left, what I have left.
They'll bloom yes they will bloom again and again,
for you who'll love someone, someday,
and love forevermore.
 
(歌詞は、日本語原詩に近づけるため、一部改訳した。)
 
これをもう少し短くしたいのだが、考えがまとまらない。原詩に立ち返って意味を吟味しなければならないようにも思えてくる。頭を冷やして出直そう。
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ウクライナ民謡「桜の苑で」~移動ド唱法~ポーランド民謡「春が呼んでるよ」

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昨日の第44回《らすぺふ―――ロシア・ウクライナの愛唱歌を原語で歌う》は、歴史や時事問題も話題にしながら、オリジナル歌集「ウクライナ歌謡の夕べ」(既習曲10曲収録)から5曲を歌った。
 
その一つ、民謡「桜の苑で」は、確かに前にも教わった記憶がある。それも極く最近だ。ニ短調(1♭)3/4拍子で、メロディーは、ラ|レレレ--ミ|ファファファ--ファ|ミファソ--ソ| と上行形式で始まる。機械的に移動ドの階名読みをすればこの通りだ。
 
しかし、これが当管理人には歌いづらいのだ。耳で聴いても、脳内に再現しても、ミ|ラララ--シ|ドドド--ド|シドレ--レ| と認識されてしまう。つまり、ト短調(2♭)のメロディーに自動変換されるのだ。楽譜に忠実に階名読みして行くと、音程を外してしまう恐れがある。
 
この不思議な現象については大分前にも書いたが、依然謎のままだ。慣れの問題として片付けることは可能だが。
 
実は、上記メロディー(主旋律)はアルトに割り当てられており、加えてソプラノとバリトンの声部が併記されている。
 
ソプラノは、主旋律にほぼ平行に、ラ|レレレ--ソ|ラララ--ラ|ソラシ♭--シ♭| となる。これは始めからト短調(2♭)を宣言しているも同然だ。ならば、五線左端の調号をト短調(2♭)にしておいてくれれば善いものを、と愚痴を言いたくなる。
 
ところで、このメロディーの出だしは、十年ほど前に某カルチャー教室で教わった「春が呼んでるよ」(ポーランド民謡)の出だしに酷似している。
 
ポーランドとウクライナとは隣接しており、歴史上も支配したりされたりしたほど濃密な関係を有しているから、両曲も部分的に同根なのだろう。
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暑気中り②~バス活用者~声掛け

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古希を越えて以来、バスを利用することが多い。年間パスを2万余円で購入できる制度のお蔭だ。電車に較べれば、当然ながら時間的信頼度は低いが、余裕を見込んで行動すれば問題無い。
 
という訳でバス利用にかけてはかなり詳しくなった積もりでいた。ところが、暑気中りか単なる呆けか、今日は間抜けだった。
 
某停留所には2系統の発着がある。当管理人にはそのどちらでもよいことが多い。昼過ぎでバスの本数が極端に少なくなる時間帯、小学生が時間表を眺めていたので、標柱の反対側にも時間表があると教えた。
 
しっかりした子で、どこ行きかと問うて来た。A行きだと答えると、その子は、自分はBに行くのだと言った。
 
その問答で、その子は、間もなく来るA行きバスではなくもっと遅いC行きバスに乗るのだと思った。やがてA行きバスが来て、当管理人は乗った。その小学生に何か声を掛けた方が良いような気がしたが、無言のまま、C行きバスに乗るべく、当然の如く立っままの彼女の姿を後にした。
 
夜、拙宅で突然その光景が頭に蘇り、あの時声を掛けるべきであったことに気が付いた。単なる別れの挨拶ではなく、同じバスに乗ってもよいと教えなければならなかったのだ。そのA行きバスは、彼女の目的地Bを経由するのだった。
 
連日の暑さで脳みそが沸騰していたのように、単純な解り切ったことに気が付かなかった。彼女は更に10分余りバス停で暑さに耐えなければならなかったことを思うと、とても罪深い過ちを犯したような気分だ。
 
ところで、近頃、“声掛け事案”なる警察用語を新聞などで見掛ける。小学生など(特に女児)に見知らぬ大人(特に男)が声を掛けることを意味するようだ。学校と保護者との間の連絡事項に登場するのだろう。
 
だから、知らない子供には、むやみに声を掛けない方がよい社会になったのだ。善意の声掛けであっても、犯罪予備軍に分類されかねないのだ。
 
一方、積極的に声掛けを励行しようという動きもある。物理的に出入り自由の施設、敷地、構内などで、見慣れない人物に出会ったら声を掛けようという趣旨だ。不審者に対する牽制効果があるのだろう。
 
同じ“声掛け”という言葉だが、マイナスイメージとプラスイメージ二様に用いられるのが面白い。
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芝沼姉妹ソプラノ~ランチタイムコンサート~榛葉兄弟テノール

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久し振りに東京オペラシティコンサートホールまで足を伸ばした。正午から姉妹ソプラノ、兄弟テノールのランチタイムコンサートがあると知り、興味津々、炎暑をおしての遠征だ。
 
音楽の「たまて箱」
[出演]NAGS(司会)、Mirrors[芝沼姉妹(Sop)、榛葉兄弟(Ten)、吉田幸央(Pf)]
[曲目]
鞠と殿様  西條八十/中山晋平
夏の童謡メドレー  うみ、浜辺の歌、茶摘、椰子の実、我は海の子、夏の思い出、夏は来ぬ
落葉松  野上彰/小林秀雄
ハンガリー狂詩曲第2番  リスト
蝶々夫人から 二重唱  プッチーニ
カンツォーネメドレー  フニクリフニクラ、サンタルチア、忘れな草、カタリカタリ、オーソレミオ
椿姫から 乾杯の歌  ヴェルディ
アンコール代わりに 会場全員で ふるさと
 
出演者名簿にあった芝沼姉妹の妹さんは体調理由で不参加であった。
 
日本の歌を聴いている限り、特に感心するほどの歌手たちとは思われなかった。後半、イタリアものを歌い始めると、俄然、力が入ってきたようだった。ただし、榛葉兄弟の一人は、これも体調不良からか、弱弱しい声であった。童謡メドレーでは歌詞を間違える場面もあった。若い歌手たちには馴染みの薄い歌だということだろう。ちょくちょくあることだ。
 
脱線するが、テノール兄弟の姓“榛葉”は“シンバ”と読むのだそうだ。いわゆる重箱読みだ。“榛”の字は滅多に使わないが、老舗の紙屋さん“榛原”に使われており、“ハイバラ”で知られる。地名(奈良県、静岡県)でも“ハイバラ”だ。
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Flowers will bloom(花は咲く)②~部分ハモリ~コーダ

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英語版“花は咲く”Flowers will bloom の成案を得た。結局、既報の試案と大差無いのだが、メリハリ付けるため、部分的にハモるようにした(赤字の部分)。
 
My heart goes out to you,
when the winter snows give way to spring.
My heart is longing now,
longing for the town where happiness had been …
been a place of hope and of dreaming too,
been a home where my heart always went back to you,
but, for now, where I only dream
of the people who I loved and knew.
Someone is singing,I can hear singing now,
someone is weeping,I can feel their tears,
someone is smiling,showing me why and how
to go on living for years and years.
Flowers will bloom yes they will yes they will
for you who are here or yet to be born.
They'll bloom yes they will and they'll bloom again until
There's no missing sorrow and no reason left to mourn.
My heart goes out to you,
when the morning sunlights up the pale blue sky.
My heart is heavy now,
with the grief I tried so often to deny.
Someone is thinking, I can read every thought,
someone is shedding tears for all that was lost,
someone is leading you to love that they sought,
asking you to love all that you love the most.
(Flowers will bloom yes they will yes they will
for you who are here or yet to be born.
They’ll bloom, yes they will and they’ll bloom again and again.
I wonder whatever I have left, what I have left.)           省略可
Flowers will bloom, yes they’ll bloom again and again,
for you who'll love someone, someday,
and love forevermore.
 
 
英語歌詞の発音を覚えるのに精一杯かも知れないから、ハモリと言っても、三度音程の平行二部の簡単なものにする。コーダは三部にしても大丈夫だろう。
 
終部直前の4行ばかりを省略すれば、楽に3分以内に収まる筈だから、皆さんに喜ばれるかな。
 
今週末から日程が詰まってくるので、その前に印刷原稿を仕上げておかなければいけない。暑気中りが心配だなあ。ちと手を広げ過ぎたか。
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特大の 雹(ひょう)~観測事例~異常気象

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暑気中りで気息奄々の態、アイスクリームなど食べたくなる。生憎そのような氷菓の買い置きが無いので、涼しげな事物を想像して、涼しくなったと自己暗示を掛けよう。
 
先だって(624日)、三鷹市、調布市などに雹が降り、TVで信じられないような光景が映し出された。道路が冠水し、流氷の河のようになったり、住宅地の街路に数十センチも雹が積もったりしていた。深い積雹(?)は半日ほどは消えなかったそうだ。当ブログでも、当日(及び翌日)の荒天に触れた。
 
たまたま当日三鷹市方面へ出掛けた人の話で、駅からコンサート会場までタクシーを飛ばしたが、雹騒ぎには巻き込まれなかったという。確かに、降雹は局地的な気象現象らしい。真夏にそんなものに遭遇すると、天変地異かと驚くが、限局的範囲での現象であるので、大局的な影響は無いらしい。
 
偶々この雹騒ぎの2か月ほど前に、気象庁の専門家である藤部文昭氏が某所で“長期観測データから見た異常気象”なる講演をしている。異常気象は、「月単位の持続的な異常」と「単発の激しい現象」に分けて考えるとし、後者に属する雹について、次のような事例を紹介している:
 
1911年 青森県南津軽郡 直径約6cm 積雹約30cm
1917年 熊谷市付近   直径約30cm 重さ約3kg
2010年 アメリカ・サウスダコタ州 直径20cm 重さ0.879kg
 
観測記録がはっきりしているから素直に受け入れるものの、人の話だけだと、眉唾ものと思って聞き流すだろう。このような特大の雹が降れば、それなりの災害も発生する訳で、農産物や建物などの被害のみならず、人命にも係わって不思議は無い。
 
なお、藤部氏は、地球全体の長期的な気象傾向について話しており、地球温暖化は人間活動を主因として実際に起こっているとの立場のようである。政府の公式見解に沿うことは勿論であるが、気温変化のシミュレーション結果をグラフで単純明快に図解されると、やはりそうかと思わされる。本当は、シミュレーションの前提条件を吟味しなければ無意味なのだが、そこは素人衆には難しいだろうから(?)跨がれている。
 
外気温が早くも31℃を越えた。昼のお出かけが思い遣られる。
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仰臥アブラゼミ~蘇生~セミに牽かれて

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昨日のことだが、ヴェランダにアブラゼミが一匹仰臥していた。自然界に生息する虫が、無防備の柔らかい腹を晒して動かない状態にあるのは、当然息絶えているものと見る思考回路が出来上がっている。
 
可哀想だからと、ひっくり返して伏臥の姿に戻してやろうとサンダルで試みるのだが、上手く行かない。そのうち妙なことに気が付いた。セミがサンダルに粘りつくように見えたのだ。
 
乾涸びている筈だから、これは不思議と目を凝らせば、なんと死んだはずのセミが脚をもぞもぞ動かしてサンダルにしがみ付こうとしている。未だ死んではいなかったのだ。
 
サンダル作戦は不首尾に終わったので、指でつまんで正常位に戻した。段々と動きが活発になるので、こいつは瀕死でもなく、単にヴェランダで休息して居ただけのように思えてきた。
 
それではと、緑葉の方へ放り投げてやったところ、自力で飛翔するではないか。しぶとい生命力に感歎するばかり。だが、そのセミは、樹木ではなく隣家の外壁にへばり付いた。美味しい樹液を求めて彷徨するほどの元気は無かったのかもしれない。
 
その無声のセミの健気な生き様を拝見して身も心も引き締まったのかどうか定かではないが、ボランティアグループの合唱練習に行って来たのだった。陋宅でエアコンを効かせた室内に籠っているよりは有意義だったと思いたい。
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歌唱介助ヴォランティア~画竜点睛を欠く~炎天強歩

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某老健介護施設で月1回、入所者の歌うレクリエーションのお手伝いボランティア活動に参加するようになって半年ばかり経った。進行役を引き受けてからはプログラムを組んで対応している。昨日はつぎのような内容にした:
 
Ⅰ 夏の歌(2)
  1 我は海の子  2 砂山  3 箱根八里  4 山小舎の灯  5 ほたる
Ⅱ 戦後(不戦の誓い)の歌
6 ひめゆりの塔   7 長崎の鐘(付 新しき朝の)  8 鐘の鳴る丘
Ⅲ リクエストの部
    施設備え付けの歌詞集(約40曲収録)から指定して貰う。
 
昨日は、ヴァイオリニスト1、歌唱介助3を得て、計5名で当たった。
このボランティア活動の主宰者であるI夫人は、備え付け歌詞集から曲を選んでもらいたいと口癖のように要求する。
 
しかし、僅か40曲ほどの中で毎月歌い続ければ、毎回変わり映えしない内容になるし、季節や時流に合わせることが殆ど出来ないので、当方は自己流を守っている。
 
いずれ考え方の相違で協力できなくなると予想するのは容易である。引き際のタイミングを悩まなくて済むから、勿怪の幸いと思うことにしよう。
 
我ながらよく出来たプログラムだと内心満悦の態で臨んだにも拘らず、余計なお喋りをしている間に大事な1曲を歌い忘れてしまった。ひめゆりの塔、長崎の鐘(付 新しき朝の)と、やや深刻な歌が続くので、お口直しにと予定した「鐘の鳴る丘」を何故かすっ飛ばしたのだ。
 
仲間の誰も注意してくれなかったのは、我が不徳の致すところか。こんな失敗もあることを思えば、プログラムはお客さんにも配布するのがよさそうだ。あまり大袈裟な行事にはしたくないのだが。
 
ところで、ボランティアの手許用歌詞カードに「箱根八里」の歌詞中、“前に聳え、後方にささふ”とあるのを目敏く見付けたメンバーがいた。当方も気付いていなかったのだが、言われてみると、ミスプリのように思えた。
 
“まえにそびえ しりえにさそう”と覚えていたから、“ささふ”では不都合な気がした。実はネット検索した歌詞をコピペしたものに過ぎないのだが、言いそびれて、ミスプリかなと呟いたのだった。
 
帰宅後、調べてみると、“ささふ”は正しかった。“支ふ”だった。何十年か前には知っていたのだろうが、覚えた発音だけで歌い続けるうちに“原字”を忘れていたようだ。歌詞の意味も当然忘れてしまっていたのだ。類似の事態は、他の歌にも起きていることを懼れる。
 
ヴァイオリニストさんはヴォランティア仲間では飛びっきり若く、日頃元気ぶりを見せつけているのだが、自宅から会場の施設まで歩いて来たと聞いて、みんな仰け反らんばかりだった。
 
気温35℃の炎天下、アップダウン有り何キロもの道のりを、軽くもない荷物を担いで歩き通すとは、それこそ「鐘の鳴る丘」の世界ではないか。はたまた、「箱根八里」“猟銃肩に草鞋がけ 八里の碞根踏み破る”の図か。
 
興味が湧いて、想定ルートの長さを地図上で測ってみたところ、片道約4キロと出た。因みに、当方の歩行距離は片道約0.8キロに過ぎないが、未だか、未だかと足取りは重かった。
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つま~こえしとう~もとおりきつつ

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北見志保子/平井康三郎「平城山」については、過去に随分言及した。
 
表記例:  人恋ふはかなしきものと平城山にもとほり来つつ堪へがたかりき  
           古もつまに恋ひつつ越えしとふ平城山の路に涙おとしぬ
 
“「平城山」の2番に‘つまにこひつつ’とある。作詞者が女性で、彼女の気持ちを詠んだ短歌に作曲した歌であると教わっていたので、この部分は謎であった。夫を‘つま’と読む古文の例に倣ったものと解釈すれば解決するのだが、釈然としない”と書いたのはもう五年も前のことだ(つまにこひつつ~いまはもうかよわない~はためかせ 2009/10/24() )。
 
この件については、“古文”の例と理解してよいと判明し、一件落着したのだが、もう一つの難問があった。“戀ひつつ越えしとふ(こいつつこえしとう)”の部分だ。
 
古い仮名遣いを注意深く読めば問題無いかも知れないが、新仮名遣いに気を取られていると、極端な場合、“声慕う”と誤読しかねない。“越え”の表記があっても、“慕う”に惹かれる可能性は低くない。
 
当管理人自身がどのように理解していたかも今となっては判然としないが、ある講習会で“越えたという”の意味であると説明された。伝統的な俳句を詠む時には、“という”の意味で“とふ”や“てふ”を使うことがあるものの、「平城山」を歌う時にそこまで思い至るかどうか。
 
“もとほりきつつ”あるいは“もとおりきつつ”の部分は、“徘徊する”という意味は明らかであるが、発音は微妙らしい。現代語と割り切れば、“もとおりきつつ”そのままでも良いだろう。原詩の古風さを残したいならば、“もとほりきつつ”の通りに発音してよいかも知れない。
 
ただし、この部分だけ古風に発音するのも滑稽に響くだろう。講習会の講師は、“でもなく、オでもなく、ヲに近いのが良い”との意見であった。古式の発音フォを柔らかくウォと発音する積りで、という趣旨と解すれば説得力がある。
 
なお、「平城山」の歌詞は、もともと“昭和9年4月発行の『草の実』4月号に発表された”連作短歌のうちの2首である。問題の2番の歌詞は、“古へも妻にこひつつ越えしとふ平城山のみちに涙おとしぬ”となっているそうだ。(サイト“うたのうらばなしⅡ”による。)
 
つま(夫)ではなく妻と明記されているわけで、漢字表記「妻」は誤りであるとする通説は根拠が揺らぐ。この短歌は複数回、北見自身によって再録されており、表記には揺れがあるらしい。
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