初体験の凶事だった。午後、地下鉄に乗り込み、ちょうど近くに空席が一つあったので腰かけた。直前までの先客の体温が伝わってくることは稀ではないが、やけに生温かいのが気になった。本能的に立ち上がり、何気なく左手の甲でシート面を撫でてビックリ。濡れているではないか。ほぼ同時に尻に冷やりと水気が、、、、。
瞬時にすべてを覚ったが、もう遅い。誰かが近くで冷笑しているように感じた。犠牲者の出現を心待ちにしていたのか、とはチト勘ぐり過ぎか。さほど離れていない別の席に移って、ズボンに沁み込んだ汚水が少しでも減少するよう祈りつつ、次なる犠牲者を出さないよう、急いで注意書きしたメモ用紙を尿浸しの座席に挟み込んだ。
周囲の乗客たちは、誰も何も言わず、高みの見物、と、これは受難者の僻みというもの。怒りの持って行きようが無い。残る半日ほどの用務を思うと、泣きたくなるが、それでは愉快犯を喜ばせるだけと気を取り直す。下車駅の改札係に事情を話しはしたものの、救いがあるわけでもない。それでも、その若い職員はまじめにメモを取り、どこかへ連絡を取る様子であったことで、少しは気休めになったかも。
このような災難に合う確率は如何ほどのものだろう。殆どの人は平穏無事に生き抜くだろうな。
≪お漏らしーと≫から純朴な乗客を保護する迷案を思いついた。シートは、お漏らしなどの汚れが一目で判るような素材でカバーするべきだ。今は逆に汚れが目立たないような素材が使われているのではないか。
これも勘ぐり過ぎかな。
何故か最近、しきりに歌った「上を向いて歩こう」、慰めと励ましの歌か、それとも反面教師(下も見なさい)か。