小泉恭子「メモリースケープ 「あの頃」を呼び起こす音楽」(みすず書房 2013.10 本体価格\3000)を大急ぎで読んだ。表題は難しいが、副題は解り易い。要するに、音楽と記憶との関係を考察したものだ。
音楽そのものの記憶だけでなく、むしろ、音楽に伴って記憶や感情が想起される仕組みをテーマとしている。
我々凡人には実に単純に思われる現象だが、学者の手に掛ると、社会学、心理学、哲学などの学説が動員され、とてつもなく難解な理論展開となる。
著者のフィールドワークが紹介される部分は、当然に解り易く、興味深く読める。それを理論的に意味づけすると、抽象概念のオンパレードとなり、頭の中を通り過ぎてゆく。という訳で、面白かったお話を2,3記録しておこう:
“トムさんが~紹介した、札幌駐留の米兵に教えてもらったというフォークダンスの「コロブチカ」~”(第三章 音溝の記憶、p.142)。
「コロブチカ」がロシア歌曲(民謡?)の“カローブシカ”であることは今では公知だが、そうと判ったのは案外近年の事ではないかという気がする。「コロブチカ」と発音するのは、多分、ウクライナ系からアメリカのフォークダンス曲に取り込まれたからではないか。それはともかく、「コロブチカ」(行商人)の曲がアメリカからフォークダンス曲として日本に持ち込まれたと言われていることを実証するようなエピソードだ。
“記憶術とは~イメージを空間の秩序に符合させて演説や物語を諳んじようという試みだ。こうした記憶術と音楽は無縁ではない。~あるときには音楽が「自分の行きたいところへ行くための記憶装置」となっている例~映画音楽マニアの越前さんが、観た映画のほとんどのサウンドトラックを諳んじていた~レコードプレーヤーを持っていなかった~頃でも、越前さんは一度観ただけの映画の音楽をはっきり記憶していて、サークルのメンバーたちを驚かせた。しかも、彼の仲間も~次にいつ観られるかわからない映画を覚えておくため、音楽で映画を記憶することが当たり前だったという。これは、映画館という空間が、記憶術の劇場空間と同じく聴覚イメージを空間秩序に符合させるのに適していたからではないか。おそらくDVDで観ただけでは、越前さんとその仲間のような映画と音楽の記憶術は編み出せないだろう”。
ここに登場する越前さんとは、秋田県大館市で、映画サークル「絵夢人倶楽部」を主宰する越前貞久氏であることが別記されている。
歌を記憶に活用することは昔から盛んだが、映画館での映画鑑賞が長大な管弦楽曲の記憶を確かなものにするとは面白い。映像と音楽とが相互に記憶を強め合うという単純な現象でもないのかな。
共感覚で片付けられるものでもなさそうだし、必要に迫られれば、必死に記憶に努めるから効果が上がるという単純な話でもないようで。しかし、努力すればモーツァルト並みに、楽曲を1,2回聴いただけで暗記できるようになる、旨い話のようでもある。
歌をなかなか暗譜できない人種としては、やはり努力不足を反省すべきなのだろう。