夕方、偶然に国立天文台のHPを開き、暦情報を見て初めて、今日が「勤労感謝の日」という国民の祝日であることに気が付いた。単に日曜日であるとしか認識していなかった。生活する上では、それで十分なのだ。
バス停の時間表で、平日、土曜、休日を見分けるのに祝日であるか否かを知っている必要は無い。祝日だからとて、特別の行事が組まれているわけでも無い。
祝日の意義は、国民(勤労者)に休暇を与えることと、思想統制にあるだろうから、祝日の名称さえ頭にインプットされればよい。というわけで、カレンダーには○○の日と表示されているのに、全く目に留まらないのは如何なることか。何の日であろうと、休日であることだけが意味を持つという実態に慣れてしまったのだろうか。
その今日、街中を歩いていて、人けの無いのが気になった。図書館も閑散としており、係員は手持無沙汰の様子だった。そこでようやく三連休であることに思い至った。皆さん、遠出をなさったのだ。観光地、遊園地などはさぞかし賑ったのだろうなあ。
そう言えば、中野駅前の公園広場に若者がすし詰め状態で気勢を上げていた。女の子がマイクを通して黄色い声を張り上げると、群衆が何か呼応して連帯感を確かめ合っていた。何一つ聞き取れないのも不思議だ。聴力減退もあるが、興味の無いことは聴き取る気にもならないのだろう。
とにかくその実態不明のイヴェントのために広場が封鎖されており、バス停に辿り着くのに大回りをさせられ、随分と迷惑なことだ。何か有意義なイヴェントだったのだろうか。それとも、所謂アイドルグループの販促だったのか。そう言えば、看板や垂れ幕など、イヴェント名を記したものが見えなかったなあ。
上野公園でも得体のしれない集会がよく開かれており、その脇を通行するときは些か不気味で、緊張する。こちらは通行の妨げにはなっていないだけマシなのだが、異様な雰囲気が気になる。どうも宗教団体の集会のようだ。
いつぞや、その集会の主催者側と思しき男が、現場を立ち去ろうとした男性二人を大声で呼び止め、撮影行為を咎めていた。カメラを持っていたらしい男性の片腕をしっかりと掴み、ずるずると引き戻していた。そのような行為に慣熟している様子だった。
顛末を見届ける暇は無かったのだが、揉め事には巻き込まれないようにしなければならないと肝に銘じさせられる出来事だった。君子(でもないが)危うきに近寄らないように気を付けよう。おとなしくコーラスで満足していようっと。