量子力学の通俗解説書に触発されて愚考を廻らす事柄は多々あるが、切りが無いのと、愚考さえもまとまらないことから、今回、いわゆるEPR思考実験にて打ち止めとする。EPRとは、この思考実験を発表した3人の物理学者 A. Einstein; B. Podolsky, and N. Rosen の頭文字を連ねたものである。以下は、「詩人のための量子力学」の記述を整理したものである。
電気的に中性な一つの親粒子の放射性崩壊から生まれる二つの娘粒子の片方がマイナス、もう片方はプラスの電荷を持って反対向きに飛ぶ場合を想定する。
量子論(ニールス・ボーアに代表される)では、二つの娘粒子の何れがプラスか、マイナスかは確定されず、二つの可能性が混じりあった量子状態(もつれ)にあると考える。これを観測することによって、もつれが解消され、いずれがプラスか、マイナスかが確定する(量子状態の収束)。観測という行為が粒子に影響を及ぼして元の状態を乱すという古典的な意味ではない。
上記3人の物理学者(アインシュタイン、ポドルスキ及びローゼン)は、娘粒子たちは観測される前からプラス、マイナスいずれかに確定されていると考えた。彼らは、二つの娘粒子が天文学的な遠距離にまで遠ざかってから一方を観測する場合を例示し、量子論による収束には超光速の情報伝達が必要となることから、一般相対性原理に反し、誤りであると論じた(1935)。
「シュレーディンガーの猫」のパラドックスも、量子論によるもつれ状態という考えを非現実的なものと思わせる有力な論法である。
EPR思考実験の発表から約三十年後に、ジョン・ベルが、それと量子論との決着を付けることのできる実験手法を考案した。その原理は「ベルの定理」としてまとめられる。EPRの主張が正しい場合に成立する不等式(ベルの不等式)が、二つの娘粒子のような場合に成り立つかどうかを観測によって検証するものである。
その後の十年あまりの間にさまざまのアイディアも提示され、技術の進歩により、実験そのものも可能となった。結局、EPRから五十年近く経って、量子論は正しいことが実証された。
それは、超光速情報伝達があり得ることを意味しない。光速を超える運動や現象は、やはり存在しないのだ。量子もつれの収束とは、そのようなことだと理解しなければならない。
という風に理解したのだが、間違っていないかな。肝腎の「ベルの定理」ないしは「ベルの不等式」については、記述が面倒なので端折った。この不等式自体も大変興味深い形をしている。およそ量子論などという超難解な数理物理学にお墨付きを与えたのが、こんな初等算数のような式だったとは。そのアンバランスが印象的だ。
ところで、EPRは、日本語ではアポロと表記した方が通り通りが良いのではないか。解り易くなる訳ではないが。
追記:“量子論による収束には超光速の情報伝達が必要となることから、一般相対性原理に反し、誤りであると論じた(1935)”と書いたのは“誤り”だった。正確には“量子論は不完全である”と結論していたとのことだ。
2014.9.3