不首尾に終わった6年前の探書を何かのはずみで思い出し、今度は所蔵図書館へ足を運んだ(春寒染井霊園~貸出禁止~薄田泣菫「大地讃頌」2011/3/27(日))。変哲も無い通俗書に思われるが、何故か、どの館でも帯出禁止としている。蔵書の扱い区分を発行経年数によって機械的に定めているのだろう。
薄田泣菫(すすきだきゅうきん、1877年(明治10年)5月19日- 1945年(昭和20年)10 月9日)は、日本の詩人・随筆家。本名、淳介(じゅんすけ)。―――ウィキペディア
大正以後は専ら随筆業に勤しんだとのことで、本件探書「大地讃頌」(1929年6月、創元社)も、まさに日常の出来事や随想を脈絡なく寄せ集めたものであった。書名が大仰だが、生活環境たる自然の風物に絡めた内容が多いことから決めたものだろうか。
頁をパラパラめくっていると、『舞蕈』(pp.247-256)の中に、次のような短詩があった:
お山のお猿が袈裟を着て
門へ来たなら何とせう
山のお寺の法師さま
いらせられいと迎へます
もしもお袈裟がほころびて
尻尾が出たら何とせう
町のお針を呼んで来て
仕立おろしをまゐらさう
≪~私は子供の時覚えたこんな唄を唱ひながら、泳ぐやうな手附きをして踊り出した~≫とあるから、昔、このような俗謡(童謡?)が唄われていたものと思い、検索したが、ヒットしなかった。代りに、見付かったのは:
猿
お山の猿が袈裟(けさ)を着て、
門 (かど)へ來たなら何とせう。
山のお寺の法師さま、
いらせられいと迎へます。
もしもお袈裟が綻びて、
尻尾 (しつぽ)が出たら何とせう。
町のお針を呼んできて、
仕立おろしをあげませう。
これは『泣菫詩抄』に収録されたもので、同書の自序は≪昭和三年三月≫付けである。≪私の作詩撰集≫ともある。
とすると、前掲の短詩は≪子供の時覚えた≫ものではなく、自作詩の焼き直しだったわけだ。随筆は時にフィクションでもあることを再認識した次第だ。
もう一つ、『鳰の鳥』(pp.329-337)の中に、オヤと思った箇所がある:
≪ かいつぶり かいつぶり かいつぶりの頭に火を点けろ
子供の頃、池のかいつぶりに呼びかけた。 ≫
直ぐに連想されたのは、合唱曲「かきつばた」(北原白秋作詞、多田武彦作曲)の中の一節
ケエツグリのあたまに火(ひ)ん點(ち)いた、
潜(す)んだと思うたらけえ消(き)えた
である(引用したのは、青空文庫による原詩であり、楽譜上は多少異なる)。