黛敏郎の名には十分に馴染んでいる。音楽家でTV番組の司会者で、国粋主義の立場から積極的に発言した人という理解だ。しかし、かれの音楽作品は何一つ知らない。今日は彼の没後20年の命日だ。
生没データは≪1929年2月20日- 1997年4月10日≫となっている。満68歳での逝去は、平均よりやや早い。彼が65歳だった1994年当時の65歳男性の平均余命は16.67年だったそうだから、ほぼ81歳まで生きて平均的享年という計算だ。この流儀によれば、当方の余命はあと8~9年となる。もう直ぐだ。
黛敏郎についてウィキペディアを参照すると、意外な経歴に驚く:
≪1958年には、石原慎太郎、江藤淳、大江健三郎、谷川俊太郎、寺山修司、永六輔、福田善之ら若手文化人らと「若い日本の会」を結成し、60年安保改定反対運動に参加した≫
守旧派ではなく、革新派だったのだ。ついでに、石原慎太郎、江藤淳などの名にも驚く。その後の彼らの進路からは想像できないことだ。
≪論憲・改憲を提唱する「日本を守る国民会議」議長を務めた(現:日本会議)≫
昨今、何かと注目を浴びる日本会議の議長とは、勇ましい。今、与野党双方から挟み撃ちされている○○学園の理事長さんとも交友関係があっただろうか。
極め付けは:
≪1955年11月27日、同年創設されたばかりのNHK電子音楽スタジオで日本最初の電子音楽による習作、《素数比の系列による正弦波の音楽》、《素数比の系列による変調波の音楽》、《矩形波と鋸歯状波のインヴェンション》を製作発表≫
素数遊びをやめられない当方には甚だ衝撃の大きい黛さんの先駆的業績だ。素数比の系列が音楽的にどのような意義を有するのか、想像の域を超える。素数と音楽の結び付きを話題にしたことはある(素数音楽~癒し系~素数作曲法 2015/7/19(日))(とんからり~素数の歌~加藤和也教授 2015/7/6(月))(素数の音楽③~時計算術~素数判定(概則) 2012/7/16(月) など)。